RS5でスクランブル

昨日の事だが緊急事態宣言が出るという事で、何だかマスコミも国民もソワソワしている様だ、背景的には専門家専門家うるさい安倍が、医師会の脅しに屈し出したものと思われる。役に立たない医師会だ。おかけで更に経済が冷え込むことになりそうだが、医者には関係がない。 

そんな中、アイフォン片手に会社を抜け出して、地方の状況確認という名目で、宣言の出ない群馬にスクランブルで行ってきた。 

観光地なのに殆ど人が居ない。公的展示施設は全て閉館中だった。人との接触もなく桜と旧街道の街並みを堪能することができた。

ここから神社に行き景色の良い見晴台に登る。どうも高いところが好きだから、坂があると登ってしまう。そこで見つけた一輪の桜。 芽が出て間もないが、もうすでに花を咲かしていた。とても珍しい。何だか自然に癒され時間の過ぎるの忘れる、はるか200年前位ここは宿場町として栄えたことが伺える。今では観光地でしか無いがここが町の中心だったのは信じがたい。全世界例外なく宿場町や城下町や港町を中心に経済が栄えてきた。それは移動することにより物が流れ、生産 製造含む物々交換や情報伝達によって栄えてきた歴史が物語る。10000年以上前から同じだ。 

 

山を登るとこんな景色が広がる、どこでも桜はシンボルとなり人々の営みを見守って来た。この時期は本当に素晴らしい、秋の紅葉もいいが、新緑と色取り取りの花が生命の営みを感じさせる。紅葉にはそれが無い。 

気がついたらもう4時近くになっていた。遅く東京を出たのを忘れて、時間配分が狂っていた、これから妙義神社に行かなくてはならない、あの絶景を見るためだ。 

マイペースで走る地元の車に先導されて、思わぬ時間が掛かってしまった。見ると妙義に隠されて西陽が切られている。太陽に当たる桜と新緑を見たかったのに、大失敗だ。 

気分を取り直して、空いてる恩恵で一番近くのパーキングの直行アプローチ直前まで車を進める。 先日とはだいぶ違う印象だが、まあこれも又違う表情ということで、取り直して、進む。 

同じ場所なのに全く違う場所に来てるみたいだった。少し冷えた空気が一層そう感じる。同じ瞬間がないのが自然の良いところだ。 前回行けなかった頂上を目指してみる。その道のりは中国の山間の寺院に似ているかもしれない。 

そこからは下界が見え、上を見ればそそり立つ絶壁、多段に渡る参道、ここまで来てこそ味わえる物がここにある。お参りすることで、体が鍛えられるから健康にも良い。東照宮などメジャーな場所もいいがこういう中堅穴場の神社は個人的には好きである。そもそも人混みは大嫌いだ。 

またしても人が少ない頂上付近の駐車場。既に陽は傾き、山間に沈みそうだが、RSのモードをダイナミックにして、妙義のワインディングを走る。澄んだ排気音とブリッピングの音、コーナーを舐めるように、とてもバイクでは追いつけないようなペースで走る。計算され尽くした、足回りは、車高が低いにも関わらず、アンギュレーションの多い道でも素晴らしく快適だし、限界まで追い込むのは困難と思わせる懐の深さがある。R8には敵わないとしても、こういう時のために過剰で不必要なスペックが必要だと実感する。十分ワインディングを堪能した後黄昏れるにはここは丁度良い。妙義の鋭い峯が幻想的で、スイスのアイガーを思い出す。 ここに来ればプチアイガーが見れる。 

小腹が空いたので、神社の近くにある土産屋さんに行った。誰もいない。なんだな申し訳ないから、みそおでんと、大黒さんの佃煮を買った。途中温泉に寄りたかったけど、ここも休館、下仁田ネギも売ってない。残念だけど帰りは夕陽を背にして、峠を下りて、高速に滑り込んだ。 車の少ない高速を快調に走り、1時間30分で都心に到着、燃費は14kmと素晴らしく良い。道が空いていれば、車で通勤できる。高速代のぞいて通勤専用電気自動車なるものが出来たら、あえて都心に住む必要はない。

こんな時、ここで終わるわけには行かないので、サンシャイン60に寄る。駐車場はガラガラ、最高の場所に止めて、59階レストラン街に向かう。久しぶり激ウマ小籠包が食べたく、よく行く中華レストランに入ることにした。 やっぱりガラガラ客が4人しかいない、スタッフの方が多い位だ。おきまりのメニューを頼み、疲弊した下界を望みながら舌が痺れる麻婆豆腐をいただく。辛い。今年ここに入れるのは最後かもしれない。明日からこの店以外は全店休業だ。 スーパームーンとスカイツリー夜景も何だか何時もよりキラキラしていない。この光が消えたら日本は終わりだし、コロナどころでは無い。それでも人は生き抜きたい為に、家で篭って、自粛ポーズを取る。人と違うことがしたく無い人種だと思う。こういう外出なら、人と接触せずに経済活動が可能だ。レストランは流石に厨房まではわからないから無接触とは行かないが、大方移るようなシーンは無く、スーパーで買い物するよりは安全だ。それでも十分にお金を落とせたし、動かしたと思う。

国や、地方、マスコミが言うように家に篭っていたら、経済は破綻し、いずれ生きていくこともままならない時が来るだろう。コロナで予測する死亡者数を対策に寄る被害者で超えたとしても、国民の総意ということで、誰も非難されない。 専門家も含めて決める側は何の痛手も無いから、自分の保身が守られるならそれで良いのである。 

投稿者: TOMKURU

いい歳をしてバイクに乗ってるおじさんライダーです。海外のバイクが大好き。峠を走って一休みで缶コーヒ飲むのが大好き。

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